ビッグデータから明らかにする物件の構造・間取りと経年による賃料減少の関係性
本記事の概要
- Web上の不動産物件データを弊社開発のクローラーによって取得し、物件の間取り・構造と経年による賃料減少率の関係を調査しました。
- 木造と鉄筋コンクリート造の物件の比較から、鉄筋コンクリート造は木造よりも減少率が大きくなる傾向がみられました。
- 1Kと2LDK・3LDKの物件の比較から、間取りが広くなるほど築浅時の賃料減少率が急峻になる傾向がみられました。
- 地域間比較から、都心5区と都区内のそれ以外の区部では異なる減少傾向がみられるのに対し、都区内の5区以外の地域とと地方(愛知県名古屋市)は似通った減少傾向がみられました。
- 賃料減少推移を数理モデルによりフィッティングすることで、地域・構造・間取りごとの賃料減少パラメータを算出しました。このパラメータから、個々の物件の将来賃料を定量的に予測するシミュレーションを作成しました。
経年劣化による賃料の減少具合にはあいまいな点が多い
不動産投資の世界へ一歩踏み出そうとすると、多様な項目を検討する必要に迫られます。例えば、木造かRC、ワンルームか2LDK、首都圏か地方、金利、融資、経費、法人化……など多岐にわたる事柄を検討し、投資の見込みを判断しなければなりません。その過程で必ず直面する問題が物件の経年劣化による賃料減少です。築年数の増加による経年劣化に伴い賃料は確実に減少する一方で、個々の物件の将来賃料を精度よく見積もる一般的な方法は確立されていません。
2011年に行われた都区内のワンルーム物件の賃料減少率調査[1]から、減少率は物件の構造(木造、鉄骨、鉄筋コン)によって異なることがわかっています。しかし、より多様な間取り・地域の物件について調査した例はなく、ワンルーム以外の物件や都区内以外の地域における賃料減少率はあいまいにされたままでした。そのため、現在においても不動産投資における将来賃料の見積もりは不動産投資家の勘と経験により判断されています。
その一方で、ネットビジネスの進展に伴い全世界的に莫大な量のデジタルデータが蓄積されるようになってきており、不動産業界もその例外ではありません。Web上には大量の物件情報が掲載されており、顧客と仲介会社をつなぐ接点として日々利用されています。不動産ビッグデータなどとも呼ばれるこのWeb上の物件データには、物件ごとの築年数と賃料の情報も含まれており、この情報を網羅的に取得することで築年数と賃料の関係を定量的にあきらかにすることができると考えられます。
そこで今回は、弊社開発のWebクローラーによりWeb上の不動産物件データを取得し、物件の構造・間取り・地域ごとの賃料減少特性を調査しました。
※なお、以降で述べる賃料は、実質賃料ではなく、すべてWeb上に掲載されている賃料について述べておりますことご了承ください。
データ取得
木造1K、鉄筋コンクリート(以下鉄筋コン)の1K, 2LDK, 3LDKの物件について、東京都区内および愛知県名古屋市の賃貸物件データを取得しました。取得した物件数を表1.に示します。
表1.クローリングにより取得した物件数
築年数による賃料減少の調査
東京都23区内の賃貸物件の構造・間取りと平米単価・平米単価減少率の関係
まず東京都23区内の賃貸物件のデータを取得し、「木造1K、鉄筋コン1K、鉄筋コン2LDK、鉄筋コン3LDK」の4種の組み合わせについて築年数と賃料の平米単価の関係を比較しました(図1)
図1.東京都区内の賃貸物件の構造・間取りごとの平米単価の推移。各物件を青点で、3年移動平均(前後1年と当該年の平均)を赤線で示す。
地域や所在階、徒歩分数などの物件条件のばらつきのため、平米単価は大きくばらついています。一方で図中赤線で示した平均値の推移を見ると、平米単価は経年ともに減少する傾向が見受けられます。
新築時に対する平米単価の減少率(%)を見ると、2LDK・3LDK物件は築浅時に大きく単価が減少し、築古になると減少しにくくなる指数関数的な推移が見受けられます(図2)。
図2.東京都区内の賃貸物件の構造・間取りごとの平米単価減少率の推移。各物件を青点で、3年移動平均(前後1年と当該年の平均)を赤線で示す。
新築時および経年劣化後(築40年)における平米単価と減少率は間取り・構造によって異なっています(表2)。新築では木造1Kから鉄筋コン3LDKへ向けて平米単価が増加するのに対し、築30年では逆に単価が減少していく傾向があります。この減少傾向の違いのため、1Kの物件は築30年で平米単価が10%減少するのに対し、2LDK・3LDKの物件の減少率は40%以上と大きな隔たりが生まれています。
表2.構造・間取りごとの平米単価の比較
お問い合わせ平米単価・平米単価減少率の地域特性
一般に、日本の経済の中心地である都心5区(千代田区、中央区、港区、新宿区、渋谷区)とその周囲の地域では平米単価に差があります。そこで都区内の物件を都心5区とそれ以外に分け、平米単価・減少率を比較しました。また、首都圏以外に投資の選択肢を広く確保するケースを考慮し、3大都市圏の一つである愛知県名古屋市の物件データを取得し比較しました。
平米単価の地域間比較
まず平米単価の地域差を検討しました。
都心5区 vs それ以外の区部
都心5区とそれ以外の区部の比較から、どの構造・間取りでも都心5区はそれ以外の区部に比べて常に高価であることがわかります。間取りが広くなるほど単価の差は顕著になります(図3)。
図3.都心5区(青)、都心5区以外(オレンジ)の地域の平均平米単価の推移
23区 vs 名古屋
次に都区内の全域と名古屋市の平米単価を比較したところ、全ての構造・間取りの組み合わせにおいて、名古屋市の平米単価は都区内に比べおよそ半額程度であることがわかりました。(図4)。
図4.都区内(青)、名古屋市(オレンジ)の地域の平米単価の推移
お問い合わせ平米単価減少率の地域間比較
次に平米単価減少率の地域差を検討しました。
「都心5区 vs それ以外の区部」
都心5区とそれ以外の区部について、まず都心5区の木造1Kでは、築5年で平米単価が20%程度下がり、その単価を30年まで維持しています。都心5区以外でも築5年で10%程度単価が減少しますが、その後は築30年程度まで単価を維持し、築30年から40年にかけて減少するような2段階の減少傾向がみられます(図5)。
鉄筋コン1Kでは、都心の5区とそれ以外の区部に関わらず、築40年まで経年に応じてなだらかに減少し、20%減で下げ止まります。また、築年数と減少率の関係に、他の構造・間取りでは見られないような直線的な比例関係がみられます。
図5.都心5区(青)、都心5区以外(オレンジ)の地域の平米単価減少率の推移
鉄筋コンの2LDK・3LDKについて、都心5区では築10年までは新築時よりも単価が高くなるような特徴的な傾向がみられました。その後は経年に応じて減少し、築40年で30%程度の減少がみられました。また2LDKよりも3LDKの方が速く減少し、20年を越えたあたりで新築時から40%程度減少しています。築35年付近にみられる減少率の急上昇はデータの偏りによるものと思われます。都心5区以外は都心5区よりも速く単価が減少し、まず築10年程度で単価は20%から30%減少します。更に築20年で新築時から40%から50%程度減少したところで下げ止まり、以降はその単価を維持します。
23区 vs 名古屋
次に都区内と名古屋市を比較すると、都区内の木造1K物件では見られなかった築浅の単価増が名古屋市では見られました。物件数の偏りからか減少率に大きなガタつきがみられますが、築30年以降は新築から30%程度の減少率で安定すると見受けられます(図6)。
鉄筋コン1Kは都区内と名古屋市でおおよそ同様の速さで単価が減少していきますが、減少率の下げ止まりは都区内が25%程度であるのに対し名古屋市は30%程度でした。
鉄筋コンの2LDK・3LDKは都区内とおおよそ同様の推移で減少します。3LDKでは特に下げ止まりの減少率が低く、築20年までに新築時から60%程度減少して下げ止まります。
図6.都区内(青)、名古屋市(オレンジ)の地域の平米単価減少率の推移
都心5区とそれ以外の区部 vs 名古屋
都心5区およびそれ以外の区部と名古屋市の単価減少率を比較すると、都心5区以外の区部の単価減少率は名古屋市と似通った推移を示しました。間取りが広くなるほど都心5区と名古屋市の乖離が大きくなる傾向がみられました。(図7)
図7.都心5区(青)および都心5区以外(オレンジ)と名古屋市(黒)の平米単価減少率の推移
ここまでの比較から、構造・間取りによる平米単価・単価減少率の違いには強い地域特性がみられることがわかりました。平米単価はどの構造・間取りでも都心5区が高く、次いで都心5区以外、名古屋市の順で低くなりました。減少率の地域差は構造・間取りによって異なり、鉄筋コン1Kの減少率では顕著な地域差はみられない一方で、その他の構造・間取りでは都心5区以外の区部と名古屋市が類似した推移を示し、都心5区とは異なる傾向がみられました。
将来賃料を見積もるための数理モデルを活用する
数理モデルでできること
地域・構造・間取りごとに経年による賃料減少率には差があることがわかりました。その一方で、実務として物件の将来価値を見積もることを考えると、常に新築時の賃料が明らかになっているわけではなく、このままでは活用しづらい状態です。また減少率のガタつきの大きさも、前述のグラフから物件の将来価値を見積もることを困難にしています。
そこで数理モデルによって減少率の推移を再現することを検討しました。減少率の推移に指数関数的な減少傾向がみられること、および下げ止まりがあることから、モデルには式(1)を用いました。式中のyは平米単価減少比、xは築年数であり、a, bを推定します。
式(1)から減少率の推移を再現できた場合のメリットとして、築年数x1年における賃料y(x1)から築年数x2年における賃料y(x2)を式(2)
により推定することができます。式中(2)のパラメータa, bは式(1)で推定したパラメータです。
すなわち、このシミュレーションにより、例えば 「築10年で賃料10万円の物件の将来賃料」を推定することができます。
モデルを推定する
地域・構造・間取りごとの経年による平米単価減少率を式(1)により推定した結果を図8に示しました。減少率のガタつきは取得データの偏りによって生じており、現実にはなだらかに減少していくものであると仮定します。推定手法に関する詳細はページ末尾に示しました[2]。
図8.地域・構造・間取りごとの平米単価減少率推定結果。実際の平米単価減少率を青線で、推定された減少率を赤線で示す。
全ての地域・間取り・構造の組み合わせにおいて、式(1)により平米単価減少率を再現することができました。その組み合わせごとに式(1)のパラメータa,bは異なり、例えば「都心5区以外、鉄筋コン、2LDK」(図8、2行目3列)ではa=0.926, b=1.117を得ました。このパラメータから、例えば「都心5区以外、鉄筋コン、2LDKで築10年目、賃料18万円」の物件の賃料は、式(2)より築20年で15万円、築30年で14万円になると推定されます(図9)。
図9.物件の将来賃料シミュレーションの例
全ての地域・構造・間取りの組み合わせで平米単価減少率をよく再現できていることから、組み合わせごとのパラメータを用いることで、様々な物件の将来賃料を推定することができます。
おわりに
Webから取得した不動産賃貸データを用いて物件の賃料減少率は地域・構造・間取りごとに異なる傾向があることを明らかにしました。さらに数理モデルを用いることで、手元の物件の将来賃料を推定するためのシミュレータを得ました。今回のモデルは地域・構造・間取りの組み合わせにおける全体的な傾向を示すものであり、この推定値を元に区市町村、町丁目といった地場の詳細な需要に応じて調整することで、より正確に物件の将来価値を見積もることができると考えられます。
弊社は独自開発のWebクローラーによりWeb上から収集した様々なデータの可視化ソリューションを提供しております。是非ご検討ください。
[1]玉川陽介(2013). 『不動産投資1年目の教科書―これから始める人が必ず知りたい80の疑問と答え』. 東洋経済新報社.
[2] scipyのoptimizeモジュールによりパラメタ推定を行った。築2年までの物件の平米単価=1となるようデータを正規化し、正規化後平米単価(賃料減少比)と予測値の残差二乗和を目的関数とした。最適化はL-BFGS法で行った。パラメタの範囲はa=[0,1]、b=[0,∞)とし、それぞれの初期値は[0,1]の一様乱数から取得した。30試行の中で目的関数を最小とするパラメタを推定値とした。